PROFILE この記事の登場人物
合田 桂士 DX推進部 チーフ(大東建託)
2018年12月に大東建託へ中途入社後、2024年3月まで情報システム部に所属。2024年4月にDX推進部に異動し、AI課長のプロジェクトを担っている。
飯島 裕樹 教育センター 営業トレーナー(大東建託)
2006年にコンサルタント営業として入社。営業課長、4事業部で営業トレーナーを経験し、現在の教育センター 営業システム課 営業トレーナー。学生時代にプログラミングを学び、大東建託入社前にプログラマーの経験もあり。
後藤 祐汰 取締役(エムニ)
京都大学大学院情報学研究科卒。DeNA・LINE・エムスリー・松尾研究所など複数企業のエンジニアインターンシップやアルバイトに参加。ハッカソン受賞経験多数。インフラ周りを中心にフルスタックエンジニアとして開発を担当。
2024年10月、大東建託が人工知能(AI)を活用し、若手営業担当者向けの教育・研修用ツール「AI課長」をリリースしました。いったいどんなことができるのか、なぜツール名が“課長”なのか。プロジェクト立ち上げの経緯や苦労したポイントなども含めて、社内外のプロジェクトメンバーに開発の裏話を聞きました。
上司や先輩社員に代わって、属人化している“若手の営業力を平準化する”「AI課長」
まずは、「AI課長」プロジェクトにおけるそれぞれのポジションや、システムの全体像、プロジェクト立ち上げの背景について聞いてみました。
はじめに、この「AI課長」プロジェクトにおける3名それぞれの役割を教えてください。
「私は株式会社エムニから開発ベンダーとして本プロジェクトに参画しています。開発側のリーダーとして、大東建託さんとのミーティングで要望が挙がった要件を開発できる形に整理し、AIやシステムを実装する開発メンバーに伝える役割です。できあがったプロトタイプをプロジェクトメンバーに見せて、いろいろとディスカッションを繰り返しながら、プロダクトの完成度を高めていけるように取り組んでいます」
「私は営業の出身でして、現在は営業職をサポートする教育センターに所属しています。営業の観点から、『AI課長』を使う側の意見を取りまとめたり、シナリオ素材を提供したりと、現場目線でプロダクトの要望を伝える立場としてプロジェクトに関わっています」
単刀直入にお聞きしますが、「AI課長」とはどういったシステムで、どんなことができるのでしょうか?
「営業活動のさまざまなサポートをしてくれるAIシステムです。4つのフェーズがある大規模プロジェクトなのですが、まずは第1弾としてAIのアバターを相手に商談の練習ができる『台本型AIロールプレイング(以下、台本型AIロープレ)』をリリースしました。AIのアバターに向かって人間が話しかけると、AIが音声を認識して自動的に会話のラリーが続くという仕組みです」
「若手の営業社員は、上司や先輩社員に顧客役を演じてもらいながら営業トークのノウハウを習得するロールプレイングを毎朝実施しています。その顧客役をAIのアバターに代わってもらうことで上司・先輩社員の負担を減らせるだけでなく、若手社員がいつでもどこでも自分のペースで営業トークのスキル向上に取り組めるようになります」
なぜ、「AI課長」が始まったのか? そこには、人材育成の限界があった。
プロジェクトの立ち上げにあたって、どのような背景があったのでしょうか?
「『マンパワーによる営業の人材育成が限界を迎えつつある』ことが大きな要因です。入れ替わる人材に対して、指導する側もされる側も、一定の品質を維持しながら組織を拡大していくのは難しいという現状があります」
「生成AIが登場する以前も、営業プロセスの進捗アドバイスといった機械的に処理できるところはシステム化を進めていました。ですが、各支店の管理職がそのデータをもとにして個別に指導していたため、指導の内容や質にばらつきが生じていたんです。指導内容は全国的に同一な部分も多く存在しており、AIを活用すれば教育や指導レベルの均質化につながると考えました」
「『AI課長』を導入することで、入社時の教育訓練から実務アドバイスなど、従来は行き渡らなかった細かいサポート体制の構築が可能です。 それによって、営業人材の活性化や個の力の最大化を図ることができ、ひいては会社全体の業績向上にも寄与すると見込んでいます」
それにしても“課長”という響きがユニークですよね。
「営業マンに直接アドバイスをする課長の役職が一般的にイメージしやすいということで、このネーミングに決まりました」
スタートアップ企業も参入してきそうな領域ですが、大東建託ならではの強みや独自性はどういった点にあるのでしょうか?
「スタートアップ企業の参入は難しいと考えています。当社の長年の営業実績があるからこそ、台本の用意やシチュエーションの想定ができました。この点は、教育センターという営業のバックアップをしてくれる社内部門があることが優位性につながっています」
標準語はもちろん、関西弁、名古屋弁、広島弁、博多弁、東北弁の全6方言。開発で最も苦労した、“方言”をしゃべる仕組み
システム開発は一筋縄ではいかないもの。苦労したポイントを聞いてみたところ、予想外のエピソードが飛び出しました。
「台本型AIロープレ」の開発を進めるうえで、特に苦労したポイントを教えてください。
「教育センターさんから台本のベースを提供してもらえたので、基本的なロープレをAIに学習させるのはそう難しくありませんでした。ただ、現場から上がってきた『方言を喋らせることはできないか?』という、思ってもみなかった要望にはかなり苦労しましたね……」
なぜAIに方言を喋らせる必要があったのでしょうか?
「新人育成に直結させるためにも、できるだけ簡単で営業社員に拒絶されず、興味を持って使ってもらえるものにする必要がありました。そこで出てきたアイデアが“方言”です。大東建託グループは全国に拠点があるので、地域ごとの方言を喋らせることができれば、AIアバター相手のロープレにも親しみやすさや臨場感を持ってもらえるのではないかと思いつき、エムニさんに相談しました」
「私や開発ベンダーはどうしてもシステム目線で考えることが多く、方言の必要性など現場が求めているものが思いつかないことがありました。この点は、実際に現場を見守り続けている教育センターに入っていただく重要性を感じましたね」
どのように解決へ導いたのでしょうか?
「前提として、AI開発は元となるデータがないと始まらないわけですが、方言データを集めるのがすごく難しかったんですよ。当初は、商用利用可能なデータを学習させていこうと考えていました。しかし、権利的に使えなかったり質の高いものがそろっていなかったりと、立ちゆかない状況に直面してしまったんですよね。そこで、関西出身の当社(株式会社エムニ)代表・下野の声で作成した関西弁モデルを試しに学習させてみたところ、『AIで細かなアクセントやイントネーションまで再現できる』ことが分かり、そこから人力でデータを用意して学習させるアプローチに切り替えました」
「関西弁以外にも広島弁や名古屋弁、東北弁など、全国のさまざまな方言を用意するために、大東建託グループの各支店に依頼して音声データ集めに奮闘しましたね」
「1方言あたり4時間のデータがあればまともなサンプルになりますが、複数人による会話だと、声の質にばらつきが出てしまいます。なので、1人に4時間分のスクリプトを読んでもらい、当社の音声エンジニアがノイズ処理や音声モデルの合成など細かくチューニングしながら1つの音声モデルを作成しました」
完成した「台本型AIロープレ」を実際に試してみた感想は、いかがでしたか?
「ドライビング(行動型)、エクスプレッシブ(感覚型)、エミアブル(温和型)、アナリティカル(分析型)といった『ソーシャルスタイル理論』のタイプごとにAIロープレが用意されているので、さまざまな営業相手を想定しながら会話・商談の練習を行うことで、営業トークの基本的な『型(かた)』をつかめると確信しました。実のところ、ロープレが苦手だという営業社員は意外にも多いんです。しかし、『AI課長は面白い』という反響があるので、やらされ仕事から能動的に取り組む人が増えればいいなと期待しています」
ソーシャルスタイルとは、アメリカの産業心理学者であるデイビット・メリル氏とロジャー・レイド氏によって1960年代に提唱されたコミュニケーション理論の一種。「感情」と「意見」の強弱によって人の性質を4つに分類していることが特徴です。コミュニケーションを円滑にするコツがつかみやすいため、顧客と直接やりとりをする職業(営業職や販売職など)で取り入れられています。
「機能の見せ方については、さまざまなITリテラシーの方が使うため、きわめてシンプルなUIを意識しました。ユーザーの画面では、プレイするシナリオを選ぶ画面と実際にAIロープレをする画面があり、タイトルでの検索やシナリオごとにカテゴリをつけられるようになっています」
「私は2024年4月にDX推進部へ異動し、最初に担当したのが本プロジェクトでした。主な役割としては、開発ベンダーのエムニさんと当社の業務部門の橋渡し役として、各担当者と協力しながらプロジェクトマネジメントを行っています」