
PROFILE この記事の登場人物

濵田 快明 金沢支店 業務課(大東建託)
2011年大東建託に入社。業務課(事務職)にて支店の健全経営と営業支援業務に従事。2024年能登半島地震発生時には石川県河北郡内灘町で被災した経験を持つ。

糸矢 優美子 金沢支店 業務課︎(大東建託)
2006年、大東建託に入社。ルームアドバイザーとしてキャリアをスタートさせた後、本社経理部や業務課(事務職)に従事。2024年能登半島地震発生時には石川県珠洲市で被災した経験を持つ。

仲宗根 昌則 総務部 総務課 兼 防災管理課 課長|防災士(大東建託)
10年間プログラマーとして勤めた後、大東建託の沖縄支店に入社。本社異動後は総務部総務課に所属し、通達・通知や一般申請、事務基準細則などの文書管理やペーパーレス・業務効率化を目的とした電子契約の導入、防災ビジョンの策定などに携わる。2023年に防災士の資格を取得し、BCP訓練や防災イベントなどの企画・運営・活動PRなどグループ会社全体の防災力強化に努めている。
日本各地で頻発する自然災害。2024年元日には「能登半島地震」が発生し、石川県能登半島を中心に大きな被害がもたらされました。「地域の“もしも”に寄り添う」という防災理念を掲げる大東建託グループでは、能登半島地震の発生後、さまざまな復興支援活動に取り組みました。
今回は、大東建託グループの復興支援活動を振り返りながら、日頃より力を入れている「防災のための自助力向上」の取り組みに迫ります。現地で復興支援活動にあたった金沢支店の濱田快明さんと糸矢優美子さん、そして本社の総務部総務課/防災管理課の仲宗根昌則さんにお話を聞きました。
突如訪れた強震で「転げまわってしまった」。道路の寸断、物件の倒壊…… 地震の始まりで行ったこと
まずは、2024年元日に起きた地震発生時の状況について教えてください。
(左)陥没し、通行できない状態になった金沢支店前の道路/(右)金沢支店の天井にはヒビが入った
特に被害の大きかった輪島市では、7階建てのビルが倒壊
糸矢「私は実家が珠洲市で、地震発生時は帰省していました。激しい揺れに驚いたのはもちろん、道路が寸断されてしまい、しばらくは家から出られず孤立した状態でした」
管理物件の被害状況はどうでしたか。
濵田「石川県内2,204棟のうち、復旧に退去が不要な小規模な被害を受けた物件が239棟。復旧に退去が必要な重大被害も1棟ありましたが、これは、両隣の建物が倒れ込んで壁が破損したというものでした。管理物件そのものが倒壊した物件はゼロです。地震の規模に対してかなり被害が抑えられたのは、当社の施工がしっかりしていたからだと思います」
奥が大東建託の管理物件(現在は非管理)。両隣の建物が倒れ込んだものの、倒壊は免れた地震発生直後、金沢支店ではどのような対応をしましたか?
濵田「当日中に当社の安否確認システムを使い、従業員とご家族の無事を確認しました。被害が大きかった地域にいた人も、数日以内に全員連絡が取れました。また、支店にストックしている備蓄品を被災地に届けるために、当時の支店長と相談して『明日出社できる人は来てください』と呼びかけたところ、お正月休み中にもかかわらず、翌日には多くの従業員が集まってくれたんです。
内灘町が断水していたので、速やかに役場に許可を取り、備蓄品をお届けしました。1月3日には、当社物件のオーナーさまが住んでいる場所を地図上でマーキングし、電話などで連絡が取れなかった方のお宅に直接伺って安否確認をしました。入居者さまの安否確認は『ruum(ルーム)』というアプリを通して、本社主導で行っています」
その後、被災地域での物資配布も始めたそうですね。
濵田「全国の拠点から金沢支店へ支援物資を集約し、七尾市・輪島市・志賀町・穴水町の11地域で50日間、計63回の配布を行いました。『ruum(ルーム)』を通して配布日時と場所をお知らせし、当社のアパートの駐車場にテントを張って物資をお渡ししました。対象は必ずしも入居者さまに限定せず、通りがかった方にもどんどんお渡ししていましたね」
金沢支店を拠点に物資を積み込み、被災地へ駆け付けた被害が非常に大きかったので、支援活動にもさまざまな困難があったのでは?
濵田「主要道路が通行止めになり、能登への経路が1つしかなかったので大渋滞が起こっていて、物資の輸送が非常に大変でしたね。早朝3時に出発することもありました」
能登の主要道路である「のと里山街道」が陥没し、通行止めに
濵田「また、心のどこかに『営業活動をストップしたまま復興支援をしていていいのか』という不安があったんです。しかし、1月6日には、社長の竹内自らが現地入りして物資の準備や積み込み作業をしている姿を見て、『今は目の前のことに集中すればいいんだ』と気持ちが整いました」
復興支援にあたる従業員が息抜きできるよう、お菓子を置いた休憩スペースを用意
糸矢「私は帰省先で被災してからしばらく動けなかったので、初動対応には参加できなかったのですが、金沢に戻ってきたときには、支援活動がすでに始まっていました。私の家族も被災して、避難生活をしている中で、社員の家族にも当社のアパートを無償で貸し出すなどケアをしてもらえたのがすごくありがたかったですし、被災者として同じ思いをしている人のために頑張ろう、と励みになりました」
義援金寄付からコインランドリーの無償提供、家賃減額まで。“不安や不便”と向き合った支援活動で生まれた感動
未曾有の大災害にもかかわらず、初動対応がうまくいったのはなぜでしょうか。
仲宗根「東日本大震災や熊本地震など過去の教訓を活かし、災害時対応のノウハウを会社全体で蓄積してきたことが大きいですね。以前は本社対策本部として後方支援を主に対応していましたが、有事において一番大変なのは被災地であり、連日の対応が大きな負担にもなるため、能登半島地震からは我々も一部メンバーが現地入りしました。現場で必要なものをリアルタイムでキャッチアップできたことで、被災拠点の負担を軽減しつつ、さまざまな支援にスムーズに対応できたと思います。
当社では能登半島地震以前から、BCP(事業継続計画)体制の定期的な見直しを行っていますが、それでも能登半島地震を経て多くの課題も発生しました。災害時もサービスレベルを維持し、迅速に復旧するための体制づくりが何よりも重要なので、これを機にいざという時に慌てることがないように、日ごろから全従業員を対象にeラーニングで災害時の対応を学んでもらったり、全国の事業部単位でBCP訓練を継続的に実施したりしています。
また、通常時に決裁をとる際は多くの人の承認が必要ですが、災害時は迅速な判断が必要になる場面が増えますよね。今回は社長が早い段階で現地入りし、さまざまな事柄について決裁を下してくれたので非常に助かりました。災害にどう対応すべきかという意識が上層部から一人ひとりの従業員に至るまで浸透しているからこそ、今回も速やかに行動できたのだと思います」
(左)輪島市の管理物件。マンホールが地面から1メートルほど浮き上がっていた/(右)地盤が沈下した輪島市の管理物件物資配布のほかには、どのような復興支援を行ったのでしょうか。
仲宗根「大東建託グループとしては、総額6,300万円の義援金を寄付したほか、被災者の方に賃貸住宅を無償で38戸提供。大東建託パートナーズは、被害に遭った建物の入居者さまの家賃減額などを行いました」
能登半島地震の約9か月後には、奥能登で豪雨災害もありました。
仲宗根「大東建託、大東建託パートナーズ、大東建託グループみらい基金から、石川県に義援金として合計500万円を寄付しました。立て続けに大災害が起こり、地元の方は気落ちされることもあったと思いますが、少しでもお力になれればという思いでしたね」
糸矢「私の地元の珠洲市は、元々過疎化が進んでいたところに災害が重なり『これから珠洲はどうなってしまうんだろう』と不安になったこともありました。そんな中でも、会社がさまざまな形で復興支援をしてくれたことが本当に心強く、ありがたかったですね」
仲宗根「地震の復興支援の際も、支援最終日には被災地の方から『本当にありがとう』と缶コーヒーをいただいたことがありました。誰かに感謝してもらうためにやっていた活動ではありませんが、思いが届いたことがとてもうれしかったですね」
グループ会社・ガスパル独自の取り組みも
エネルギー企業のガスパルは、震度5強以上の地域の管理物件のガス設備を全て調査しました。耐震性の高い配管やガス漏れを防ぐ安全装置を備えていたためか、幸いにして被害はゼロ。大きな地震が起こると自動でガスが遮断される仕組みになっていましたが、1月3日の時点で737棟・4,600戸全ての住居のガス設備の安全の確認が取れ、即日で利用を再開できました。
また、1月16日から31日まで、ガスパルが金沢市に保有するコインランドリーの洗濯乾燥機を被災地の方に無償提供。被害が大きかった7地域では、断水して洗濯ができなくなり、衛生環境を保てない方が大勢いる中、ラジオやNHKのテロップでご紹介いただいたり、口コミやSNSで拡散されたりして、最終的には245組のお客さまにご利用いただきました。 来店されたお客さまからの「本当にありがとう」「涙が出るほどうれしい」といった感謝の言葉がガスパル社員の励みになったそうです。
実際に金沢市内で無料提供したコインランドリー。洗濯乾燥機の台数に限りがあるため、順番に使用してもらうほど需要が高かった日ごろからの備えで地域住民や従業員の自助力向上を支援していきたい。グループとして目指す理想の防災
今回の震災から得た課題はありますか。
濵田「オーナーさまの地震保険の加入状況を平時から確認しておくことですね。当社の保険に加入していない方の場合は加入状況が不明なことも多く、確認に大変な労力がかかったんです。復興支援と並行して、他社の保険に加入している方の証券を回収し、全ての内容を把握しました。現在は約12万戸分の確認が完了しています。また、オーナーさまの中には安否確認がスムーズにいかない方もいらっしゃったので、その点でも、まだ改善の余地はあると思っています」
最後に、防災に関する今後の取り組みや意気込みを教えてください。
仲宗根「能登半島地震発生後に『防災士プロジェクト』が立ち上がり、大東建託グループ全体で防災士を増やそうという動きが加速しています。すでに約80名が防災士の資格を取得しています。地域の皆さまに向けて、被害想定や備えについての情報発信、AED講座などさまざまな啓発活動を行っているところです。
災害対応は発生後だけでなく、日ごろからの備えが被害拡大を防ぐ鍵です。有事の際は共助支援がとても重要なので、今後も蓄積したノウハウを活かし、従業員をはじめ地域住民の方々の自助力向上を支援していきたいです」






















「私は金沢市の隣の内灘町にいたのですが、それまでに経験したことのない揺れを感じました。これが震度5強なのかと。より被害の大きかった輪島市にいた人からは『立っていられず、転げまわってしまった』と聞いています。翌日に出社したところ、金沢支店の前の道路が陥没していて驚きました」