
PROFILE この記事の登場人物

松岡 透 商品開発部 次長(大東建託)
設計部や商品開発部で鉄骨造の大東建託専用事務所の設計や「ユニメゾン24(木造2×4工法)」をはじめとする数々の商品開発に携わり、2014年に商品開発部の次長となる。商品開発歴32年。

須賀 七海 商品開発部 企画デザイン課(大東建託)
新卒として入社後に商品開発部へ配属となる。商品の販売促進や、賃貸住宅コンペ、防災と暮らし研究室「ぼ・く・ラボ」の活動、技術分野のプロモーション業務などに従事。商品開発歴4年。
2023年6月に創業50年目を迎え、約9万人のオーナーさまの賃貸経営と、約215万人の入居者さまの暮らしを支える企業へと成長した大東建託※1。
半世紀にわたる歴史のなかで、どのようにして入居者さまのニーズを捉え、オーナーさまから支持される事業性の高い商品を創り出してきたのか。その軌跡を辿れば、時代の変化とともに「賃貸住宅の在り方」に向き合い続けてきた、作り手たちの想いが見えてきます。そんな大東建託の商品開発の歴史を、賃貸住宅商品の開発者とともに振り返る連載シリーズ「温故知新 ~未来へのバトン〜」。
第1回となる今回は、大東建託にとってターニングポイントとなった3つの転換期ごとに、時代を超えた不変の価値観を探っていきます。登場するのは、商品開発歴32年、“商品開発の生き字引” 的存在の松岡さん。後輩社員の須賀さんが聞き手となり、市場や時代の変遷を振り返りながら、商品開発に対する想いを語ってもらいました。
※1 2023年3月末時点
(本メディアのリニューアルに伴い、2024年11月30日に編集しています)
バトン2 プレハブとは異なる、“大東建託らしさ”を。建築工法を「2×4工法」に転換
大東建託の創業年である1974年に建築基準法の枠組壁工法の技術基準が告示され、一般工法としてオープン化された『2×4(ツーバイフォー)工法』。倉庫・工場などの事業用賃貸建物から始まった大東建託は、創業当時こそ鉄骨造の商品が主軸でしたが、1995年には『2×4工法』による賃貸住宅の販売を本格的に開始します。このとき、『2×4工法』は戸建住宅用としてはすでに取り入れられていたものの、賃貸住宅の建築工法としてはまだ比較的新しいものでした。
2✕4(ツーバイフォー)工法:床・壁・天井の6面が一体となる強固な箱で構成された工法
松岡「他のハウスメーカーが取り入れていた工業化(プレハブ)住宅とは異なる、『“大東建託らしい”住宅を作りたい』という思いが起点になっています。『2×4工法』は、先ほどのK型ブレース工法の開発と時期を少しずらして取り組みが始まりました。当時まだ賃貸住宅業界ではなじみの薄かった『2×4工法』を導入したのは、戸建住宅以外ではまだ珍しく、職人技に頼らずシステム的に建てられる木造工法だったため、大東建託が全国展開していく足掛かりになると考えたからでした」
カナダから職人が来日し、アドバイザーとして現場従事者へ指導。このことをきっかけに、大東建託の建築工法は大きく転換してゆく
須賀「賃貸住宅市場へ参入するにあたって、商品に求められたのはどんなデザインだったんですか?」
松岡「戸建住宅と異なり、住戸ユニットを並べるだけの当時の賃貸住宅は、デザインに特徴がありませんでした。大東建託の原点である『“大東建託らしい”住宅を作る』という思いから、戸建住宅と変わらない質の高い住宅作りを目指し、各住戸の入り口を1階に設計することで“戸建て感覚”を取り入れ、邸宅風デザイン(1棟としてのデザイン)の賃貸住宅を開発し始めました。

規制の厳しい“共同住宅”ではなく、共用部のない“長屋住宅”とすることで、法的にも、コスト的・デザイン的にも、共同住宅が主流だった賃貸住宅のイメージを大きく変え、新たなスタイルを確立させる取り組みだったと思います」
「2×4工法』による大東建託初の全国向け賃貸住宅「ニュークレストール24」(1995年)。輸入住宅がまだまだ珍しかった当時、戸建て感覚を取り入れたアーリーアメリカン風デザインが人気を博した
松岡「また、“倉庫・工場の大東建託”のイメージが根強く残っていたことから、当社を印象づける住宅モデルとして、当時戸建住宅を中心に定着し始めていた輸入住宅の持つ、外国様式の外観デザインを取り入れたことも、入居者さまの支持を得た要因だったのではないでしょうか」
(左上)ジョージア風「バーシア」(1998年)/(右上)スパニッシュ風「プラーノ」(1999年)/(左下)イタリアン・ヴィラ風「メリディオ」(2004年)/(右下)南仏プロバンス風「サンレミ」(2004年)須賀「これまでの賃貸住宅にはない外観デザインの商品を次々に開発し、常に“新しいものを創り出す”という大東建託の精神は、この頃から商品開発に携わる社員1人ひとりに受け継がれていたんですね」

バトン3 商品構造の転換で、賃貸経営受託システムが誕生
1996年、支店網が全国47都道府県に整備され、大東建託は全国規模に成長。その後、2006年の保険業法改正・施行により、それまで事業基盤を担ってきた大東共済会(家賃保証)の運営が困難になったことから、一括借上方式によるオーナーさまの負担・リスクを軽減する独自のシステム「賃貸経営受託システム※5」が誕生しました。
これにより、商品開発の現場でも、事業提案から設計・施工、入居者斡旋、管理、運営、30年一括借上(当時)といった賃貸経営を支えるための、事業効率性の高い商品の開発が進められました。さらに2016年1月には、お客さまの声をカタチにし、住まいに新しい価値を提供する賃貸住宅ブランド「DK SELECT(ディーケーセレクト)※6」が誕生。これを機に、大東建託ではさまざまなライフスタイルに対応する賃貸住宅商品の開発が加速していきました。

須賀「時代の変化とともに商品も多様化し、今では『防災』『環境』『ライフスタイル』といったコンセプトに基づいた商品が生まれてきていますよね。商品開発プロセスやデザインの方向性には、どんな変化はあったのでしょうか?」
松岡「社員自身が企画を立てて会社に提案し、作り手一人ひとりが思いを持って“ものづくり”に挑戦するという商品化プロセスは、創業当時から変わっていません。また、賃貸住宅は、住む人に合わせて設計する戸建住宅とは異なり、商品開発時点でお施主さまも場所も決まっていません。そのため、大東建託の商品は、賃貸住宅需要を見極めながら、ターゲットとなる土地オーナーさま(価格帯)、入居者さま(居住ニーズ・世代・家族構成)、立地などを想定するところから開発が始まります。
ただ、2000年に入ってくると、海時代の流れに従ってデザインの幅が広がり、商品ラインナップが充実してきたことで、より細かな戦略に沿った商品開発が行われるようになりました」
(左上)本社には、創業当時から現在に至るまで、全ての商品パンフレットが保管されている/(右上)当時の資料を説明する松岡さん/(左下)松岡さんが担当者時代、企画提案のために描いた商品デザイン画(一部)。当時は商品パース・図面は全て手作業で描かれ、全国に送る方法も郵送のみと、全てアナログ作業だった/(右下)初期の賃貸住宅のパンフレットには、デザイナー手書きの建物パースが載っている
須賀「なるほど。細やかな商品開発とは?」
松岡「大東建託は賃貸住宅市場へ新規参入して以来、“他社にないもの”を目指し、これまでにない海外様式のデザインや住戸形式など、新たな価値創造に向けた挑戦を積み重ねてきました。そこから賃貸効率を高めるノウハウが蓄積され、今では売れる商品・建てやすい商品を開発するための、大東建託独自のセオリーが確立されてきています。
これまでの商品開発では、販売効率が悪いと基幹商品にするのは難しく、バンド(価格帯)の高い、高付加価値な賃貸住宅は開発しにくいのが課題になっていました。そこで、セオリーに従いながらも商品開発の仕組みを変えました。まず、これまでのように販売効率の高い商品は『基幹商品』として、タイプやオプションの幅を広げていったんです。
一方、時代に合わせた新たなコンセプトで作るニッチな商品の場合は、まずは『企画商品』として単品で作り、販売状況により基幹商品化していきます。このような企画型のプロセスを取り入れることで、市場ニーズや社会課題の解決などの、多様なニーズに応える賃貸住宅を商品化させる道筋ができあがりました
特に『DK SELECT』が誕生して以降は、ブランドコンセプトに基づいた商品開発方針が立てられるようになったことで開発効率が上がり、開発期間は最短で4ヶ月程度に縮まりましたね」
2022年2月に企画型(高級路線)商品として販売開始された「シエルコート」
須賀「大きな商品化プロセスは変えずに、新しいプロセスを生み出すことで、時代のニーズに対応していったんですね!」
ここまで、ターニングポイントとなった3つの転換期を松岡さんに振り返っていただきました。続く後編では、時代を超えた不変の価値観を探っていきます。
大東建託の賃貸住宅に関わる全ての方の人生や未来に向き合い、可能性を探求し、より良い建物をデザインしたい… そんな熱い想い・こだわりをもった技術スタッフの仕事内容や建築、オーナーさまの想いなど、さまざまな切り口からご紹介します。
DESIGN the FUTURE


















「大東建託が『2×4工法』を選んだ理由は何だったのでしょうか?」