
PROFILE この記事の登場人物

都 玲華 プロゴルファー
2004年2月18日生まれ。徳島県徳島市出身。大東建託所属。8歳からゴルフを始め、「四国アンダーハンディキャップゴルフ選手権」で2年連続優勝。中学時代は「四国ジュニアゴルフ学年別チャンピオン決定戦」、「西日本女子アマチュアゴルファーズ選手権」など、数々の大会で優勝。高校時代は生光学園高等学校のゴルフ部に所属。「四国ジュニア秋季ゴルフ選手権」で優勝するなどの結果を残す。24年3月「明治安田レディス ヨコハマタイヤゴルフトーナメント」でベストアマチュアを受賞。同年4月、ステップ・アップ・ツアー「大王海運レディス」で史上6人目となるアマチュア優勝。同年11月、4度目の挑戦でプロテスト合格。今年がルーキーイヤーとなる。
各分野で活躍するトップランナーに、生まれ育った街の魅力や思い出を語り尽くしてもらうシリーズ企画「わたしの地元のいいところ」。
昨年、4度目の挑戦でプロテストに合格、ルーキーイヤーとなる2025年の活躍が期待される大東建託所属の都玲華プロ。生まれ育った徳島県を離れ、千葉県で一人暮らしを始めて1年、改めて地元の良さを感じることが多いと言います。23年から務めている「徳島クチコミ大使」に続き、25年1月に父親の故郷である小松島市の「ふるさとアンバサダー」にも就任した都プロが徳島の思い出を振り返ります。
本格的にプロを目指したのは高校3年生。高校時代は地元初のゴルフ部のメンバーでした
お父さまの影響で8歳からゴルフを始めたそうですが、それ以外のスポーツはやっていましたか?
都「小学校の低学年から水泳をやっていて、バタフライまでマスターしました。選手コースではなかったのですが、体を動かすという面では今にも活きていると思います。もう一つ、『ゴルフのために走るのも大切だから』とお父さんに勧められてサッカーをやっていたんです。試合に出るというよりは、週1、2回のペースで練習に参加させてもらっていました」
当時、お父さまとはどのような関係性でしたか。
都「単なる親子関係だけでなく、選手とコーチという関係性でもあったので、特に私が反抗期の頃はぶつかることも(笑)。ただ、私も徐々に切り替えができるようになって、良い距離感を保てるようになりました。今は離れて暮らしているのもあって、たまに会うくらいなんですが、超絶仲が良いです!」
地元のゴルフ環境はいかがでしたか?
都「お父さんのつながりもあって、幼い頃から練習場を安く使わせてもらいましたし、地元のジュニアスクールにも入っていたので、早くからコースも使わせてもらっていて。コースは家から車で10分ほどの距離だったので、とても恵まれた環境でした」

何歳くらいからプロを目指すようになったのでしょうか。
都「正直、高校3年生までは特にプロになりたいとは考えていませんでした。中学生の頃はお父さんに教えてもらいながら別のコーチからも指導を受けていて、高校では私の代に新設されたゴルフ部に入ったんです。当時の部員数は男女3人ずつ、計6人。高校は体育コースだったので、昼過ぎに授業が終わり、そこから夜までトレーニングをするというハードな部活でした。ただ当時はプロを目指していなかったので、プラスアルファで自分から何かをするということはありませんでした」
学生時代から目覚ましい結果を残しているので、少し意外です。
都「周りの選手と比較すると、明確な目標もないなかでゴルフをやっていたのですが、技術の向上や食事管理に関しては両親がしっかりサポートしてくれていたので、最低限のことはできていたと思います。プロを目指したのも、高校卒業後の進路を決める時期になって、他にやりたいこともないし、自分にはゴルフしかないという理由でした。本気でゴルフに取り組むスタートが遅かったので、結果的にプロテストは4回チャレンジすることになってしまいましたが……」
新設されたゴルフ部に入部した経緯も教えていただけますか。
都「当時、徳島県の高校にゴルフ部が一つもなかったんです。だからゴルフをする子たちは、香川や関西などの県外に行く人も多かった。それで徳島県ゴルフ協会の方が新設に動いたんですが、私のお父さんが関わっていたのもあり、私のコーチが監督を引き受けてくれて。それでゴルフ部が発足しました。そういう背景もあって、好きなだけ練習場を使わせてもらえていたんです」
その後、部員は増えていったのですか?
都「徐々に増えていきましたね。ただ、完全な初心者ではなく、ある程度のレベルに達していて、プロを目指すような人たちが集められていたので、一貫して少数精鋭という方針でした。そういう環境の部活でやらせてもらっていた経験は、今の土台になっていると感じています」
徳島を出て一人暮らしを始めたのは、自立しようって思ったからなんです

1年前から千葉で一人暮らしを始めたそうですが、どのような理由で移住されたのですか?
都「お父さんに頼りすぎている部分があって、自立しないといけないと思ったのが大きかったです(笑)。また、関東での試合や仕事が多いことや、今教えていただいているコーチが千葉にいることも理由ですね。それまで地元を離れるという選択肢はなかったのですが、いろいろな要素が重なって決意しました」
実家を離れて寂しくないですか?
都「それが全く寂しくないんですよね(笑)。コーチや先輩たちが優しくて、いつもかわいがってくれますし、地元の友だちも関東に出てきた子が多いので、オフの日は一緒に遊ぶことも多いんです。毎日が楽しいですし、都会をエンジョイしています。あまりにも私が実家に帰らないから、しょっちゅう両親のほうが千葉や東京まで会いに来てくれます」
一人暮らしを始めて食生活の変化もあったのではないでしょうか。
都「お母さんが料理上手で、いつも栄養バランスが良くておいしいものを作ってくれたんです。それで実家にいたときは家で食べることが多かったんですが、今は外食が中心になりましたね。ただ、今住んでいる家の近所に1,000円程度で定食を出してくれるお店があって。私にとっては千葉のお母さんみたいな存在の方が、バランスの良い食事を作ってくれます。あとはチェーンの定食屋さんに行くことも多いですね」
ライフスタイルにも変化はありましたか?
都「一人暮らしに慣れるまでは大変でした。ゴミの捨て方一つとっても分からないことばかりで、いろんなことが手際よくできなくて。今までは親が当たり前にやってくれていたので、実家のありがたみを感じました(笑)。あとは早寝早起きを徹底して、ゴルフの練習以外にも、ジムでのトレーニングやピラティスをやっています。しっかりと身体のケアをするようになってから、体調も良くなりましたし、筋肉量も増えて。そういった積み重ねがあったからこそ、去年の後半は調子が良かったと思います」
空気が澄んでいる地元は、一番リラックスできる場所
千葉での一人暮らしが充実しているというお話がありましたが、徳島を離れて、改めて気づいた地元の魅力はありますか?
都「都会に来たばかりの頃は、見るものすべてが新鮮で、とにかく楽しかったのですが、慣れてくると田舎の良さも感じました。東京や千葉にいると、みんなテキパキしていて忙しそうにしているので、もともとせっかちな性格なのに、輪をかけてせっかちになりました(笑)。たまに徳島に帰ると、ゆっくりとした時間が流れていて落ち着くんですよね。最近は都会に比べて、空気が澄んでいて、おいしいことにも気づきました」
最後に、都さんにとって地元はどのような場所ですか。
都「ひと言でいうと“平穏”です。東京でお仕事をいっぱいして疲れたとき、地元に帰ったら癒されますし、一番リラックスできる場所ですね」







































