
PROFILE この記事の登場人物
各分野で活躍するトップランナーに、生まれ育った街の魅力や思い出を語り尽くしてもらうシリーズ企画「わたしの地元のいいところ」。
第5回は、姉・吉田優利選手の影響で6歳からゴルフを始め、19年よりプロトーナメントに挑戦、アマチュア時代から目覚ましい結果を残してきた吉田鈴プロ。24年のプロテストに4度目の挑戦で合格して、今期はルーキーイヤーとして注目を集めています。生まれも育ちも千葉県市川市で、今も暮らし続けている吉田プロに、これまでのキャリアや地元の思い出を振り返っていただきました。
市川は少しずつ変わっているけれど、やっぱり一人でふらっと出かけたくなる魅力があります
プロゴルファー 吉田 鈴(よしだ・りん)生まれも育ちも千葉県・市川ということですが、子どもの頃はどういう場所で遊んでいましたか?
吉田「近所に小さな公園があったので、よく友だちと小学校が終わった後に遊びに行きました。あと近くに駄菓子屋が3軒あって、公園で遊んだ後に寄ることが多かったです。大好きだったのが小さいケースに入ったグミやコーラのラムネ、細長いゼリーもよく食べていました。ただ再開発が進んで、公園も駄菓子屋もすべてなくなってしまったんです。東京外環自動車道が整備されて、交通の流れが良くなって便利にはなったんですが、思い出の場所がなくなった寂しさもあります」
今も残っているなじみの場所はありますか?
吉田「本八幡にある『ニッケコルトンプラザ』というショッピングセンターですね。テナントはときどき変わっているんですが、飲食チェーン店がたくさん入っていて、小さい頃からなじみの場所です」
約5万坪の広大な敷地に建てられた大型商業施設。ショッピングのみならず、盆踊りや市民参加型の「コルフェス」など、さまざまなイベントも開催されている(提供:ニッケ・タウンパートナーズ株式会社)休日はどのように過ごされているのでしょうか?
吉田「車でショッピングに行くのが、休日の楽しみの一つです。運転が好きなので、練習に行くときも自分でハンドルを握っています。友だちと遊ぶときは、ご飯を食べに行ったり、地元の『ラウンドワン』でボーリングをしたりすることが多いですね。ただ、最近は一人で『ラウンドワン』のゲームセンターに行きました」
一人でお出かけすることは多いんですか?
吉田「丸一日、部屋で過ごすことはあまりなくて、一人でも気軽に出かけちゃうタイプです。ゲームセンターでは、小さくてかわいいぬいぐるみをゲットしました。ぬいぐるみってすごく癒されるんです。プロテストのときも持って行って、抱いて寝ていました(笑)」
地元でよく行く飲食店はありますか?
吉田「本八幡にある『焼肉 味楽亭』 という焼き肉屋さんは、昔から家族とも通っているんですが、韓国風の味付けでとてもおいしいです!
さっぱりしつつもやわらかい肉質が特徴の“牝牛”専門にこだわる、「焼肉 味楽亭」の外観。最大90名まで収容可能な店内は、落ち着いた雰囲気が漂う(提供:焼肉 味楽亭)それから、同じく本八幡にある『馬肉専門大衆酒場 馬喰ろう』 という馬肉専門の居酒屋もお気に入りです。馬刺しや馬肉のステーキなど、どのメニューも本当においしくて。あと、最近はお好み焼きにもハマっていて、一人でチェーンのお好み焼き屋さんにふらっと行くこともあります(笑)」
低カロリーでありながら栄養価が高い馬肉を専門とする居酒屋。人気メニューは馬刺しや馬肉のユッケなんだそう(提供:馬肉専門大衆酒場 馬喰ろう)“ひとりご飯”も行かれるんですね。
吉田「実は、よく行くんです(笑)。普段はできるだけゴルフの練習に時間を割きたいので、食事にあまり時間をかけたくなくて。もちろん休日は別ですが、人と一緒に食べると、つい時間がかかってしまうのが気になってしまうんです。だから、サッと一人で食べに行くことが多いですね。最近は『こってりラーメン なりたけ』というラーメン屋さんに一人で行きました。ラーメン、大好きなんです!」
「こってりラーメン なりたけ」の定番メニューは、上質な豚の背脂を使用した「醤油らーめん」。自家製の中太麺は、硬めに茹で上げるのがポイント(提供:こってりラーメン なりたけ)ゴルフと学校の両立が苦にならなかったのは、“プロになりたい気持ち”があったからです

ゴルフを始めたきっかけをお聞かせください。
吉田「姉(吉田優利)と父がやっていた影響で、6歳くらいから始めました。ただ当時は、習い事の一つとして何となく始めたんです。他には、小学校の6年間、水泳も習っていました。そのおかげで基礎体力がつきましたし、全身運動なので全体的に鍛えられたと思います。もう一つ、フットベースボールというスポーツを6年間やっていました。ソフトボールのように内野と外野がいて、ドッチボールと同じ大きさのボールを蹴る競技で、市川では盛んなんです」
並行して3つのスポーツをやるなんて、活発な少女時代だったんですね。
吉田「どれも本気で打ち込んでいたので、大変ではあったんですが楽しかったですね。ただ、小学校高学年くらいのとき、姉がゴルフに真剣に取り組んでいるのを見て、自然と自分もプロゴルファーになりたいと思うようになって。中学生になるタイミングでゴルフに絞りました」
当時、お姉さんにライバル意識はあったのでしょうか?
吉田「姉妹で3学年違うので、私が中学の部になったとき、姉はすでに高校の部に進んでいました。同じフィールドで戦うことがなかったこともあり、当時はライバルとは思わなかったですね(笑)。むしろ、プロになった今のほうが、そういう意識はあるかもしれません」
ゴルフと学校の両立はいかがでしたか?
吉田「うまくできていたと思います。家から学校まで近かったので、帰宅したらすぐに練習場に行って。テスト期間は少しつらかったですが、プロになりたいという気持ちが固まっていたので、両立は苦になりませんでした。そういえば中学校の体育祭でパン食い競争があって、ハードルに巻き込まれて転んでしまって捻挫したんです。翌週、ゴルフの試合があったのに出場できなくなってしまって、めちゃくちゃへこみました(笑)」

高校も地元の学校に通ったんですか?
吉田「市外の高校に通いました。実家からだと学校までの距離が片道2時間と遠かったので、高校1年生で一人暮らしを始めたんです。ただ1年も経たないうちにコロナ禍になって、学校の対面授業がなくなっちゃったんですよね。それで実家に帰ってきたんですが、修学旅行を始め、学校行事も軒並みなくなっちゃって……。学校が本当に好きだったので寂しい高校生活でした」
コロナ禍で行動制限があった時期は、どのような生活をしていたのでしょうか。
吉田「最初はジムにも練習場にも行けない状態で。ランニングをしたり縄跳びをしたりと体を動かしつつ、家の模様替えやゲームをしていました。気分転換でお風呂の入浴剤にも凝っていましたね。早い段階でゴルフの練習場はコロナ禍でもOKという風潮があったので、ちょくちょくやっていましたが、極力人と会わないように過ごしていました」






































